カズオイシグロの「つらさ」

 カズオイシグロの『私を放さないで』が、もう絶賛絶賛の嵐である。

この作品をけなしたら、それこそ書評家生命終わりと言っていいぐらい、

あらゆるところで褒め称えられている。

 しかし、である。

 私はいつもの「つらさ」を感じることを禁じえなかった。

 その「つらさ」とは、登場人物(主に主人公)の「うざったさ」である。

 『The remains of the day』にしろ『The pale view of hills』にしろ『Never let me go』にしろ、

どうしてこの作家の主人公たちは、ああもおせっかいなのだろう。

 なにかというと、あれこれ相手におせっかいを焼き、心配し、ときには

その気持ちを汲んでくれない相手に対して逆切れしたりする。

 これが「つらい」のは、小学校や中学校のときに、

間違いなくこうした「おせっかいやき」がいて、そいつらが

ことごとく「うざったかった」からに他ならない。

 「善意」からの行動であることは分かるのだが、この「善意」って奴が厄介で、

往々にしてそのおせっかいさんたちは、自分が本物の「善意の人」であり、

かつ他人に対しては、「私ってこんなに善意の人なのよ」という、

どう考えても「善意の人」とは呼べないような矛盾した状況を、

矛盾なく生きるすべを身につけていたりするのだ。

 何とも困ったものだ。