リアルワールド

 母親を殺し、逃げ回る少年に対し、テラウチはこう思う。

  わたしはユウザンやキラリンたちがなぜあんなに興奮しているのか測りかねている。ミミズ
  なんか早く捕まって、あの中年女のカウンセラーだの、精神分析医だのに、毎日同じ質問さ
  れればいいのだ。他人を救うことができると信じているお目出度い近代科学に身を委ね、自
  分の思考をがんじがらめにされるといい。いかに自分のやったことが歪められ、矮小化され
  るかが、はっきりわかるだろう。(桐野夏生『リアルワールド』177p)

 家を放火し、母親と兄弟を殺した少年も、同じ目にあっているのだろう。
 ただ、「矮小化」されるというのは、どうも当たらないと思う。
 「矮小化」もなにも、少年がやったことは「殺人」であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 大それたことでもなんでもなく、彼はただ「殺人」を犯しただけなのだ。

 こんな言い方は、酷薄に過ぎるだろうか?
 私はそうは思わない。「殺人」を純粋な行為としてみなし、それを裁かなければ、
 殺人者は再び「野に放たれ」てしまう。
 それを防ぐためにも、今回の少年の犯罪は、「厳しい」父親をクローズアップして、
 「家庭」に原因があった、などという、
 分かりやすい「物語」に仕立て上げてはならない。
 犯罪者を「犯罪者」として裁かなければ、
 私が受け入れやすい「物語」なんて、
 「カウンセラーだの、精神分析医だの」にいくらでも捏造されてしまう。
 いくら説得力のある説明であっても、それが唯一の「正解」ではないと知るべきだ。
 私たちが「受け入れやすい」「納得のいく」説明なんて、所詮それだけのものでしかない。
 その「理由」を過大評価するのは、自分を過大評価するのと同義だ。
 私たちはもっと「バカ」なはずだ。
 私たちが納得できてしまう「理由」なんて、たいしたことないはずだ。

 それともうひとつ、少年の「カウンセラーだの、精神分析医だの」は、
 たぶん自分が、なにかとんでもない重要な任務を背負っていると思っているんだろうが、
 そんなことはない。
 私たち一般人にとっちゃ、もはや少年の「動機」や「心の闇」なんて関係ない。
 それを血眼になって探している「かれら」は、何様のつもりなのか、という気がする。
 
 私たちはもっと、自分がやっていることにクールになるべきだと思う。
 自分がやっていることなんて、結局クソの役にも立たないと知るべきだ。
 これは別にニヒリズムではない。
 「カウンセラー」や「精神分析医」が、
 なにか「崇高」なことをやっているかのような風潮が、
 私はいやなのだ。
 なにか「すごい」ことを発見したように語るのが、
 気に食わないのだ。
 
 その「すごい」ことってのは、
 結局その人が、そしてそれを聞いた「世間」の大多数の人が「すごい」
 と思える程度の「すごさ」でしかない。
 そんなみんなが納得できる「理由」が、
 どうして「万人にとっての心理」みたいにまかり通ってしまうのだろう?