「健康」について
「健康」であることは、果たしていいことか?
私は菜食主義者である。
肉を食べる人間、脂っこいものを食べる人間を、たぶん軽蔑している。
太ってもいないし、病気もしないし、健康そのものである。
自分のものは自分で作って、自分で食べたいものだけを食べている。
それでは私は「健康」なのか?
おそらくそうなのだろう。しかし、全然「しあわせ」ではないのだ。
実を言えば私は、こんな菜食主義的生活をやめたいのだ。
皆と同じように、肉でも油っこいものでも、おいしいものは何でも食べたい。
でもできないのだ。
こわいのだ。
何故だか分からない。一ついえるのは、なにかが変わってしまうのが怖いのだと思う。
何度も言うようだが、私は「しあわせ」ではない。
小谷野敦が「禁煙」に激しく抵抗しているが、
例えば彼に向かって、「健康」に悪いから煙草はやめろ、といったところで無意味だろう。
だって、私は煙草を吸わないが、少なくとも小谷野敦の100倍くらい、社会的には無力だし、
「しあわせ」でもない。
煙草をすって充実した人生を送れるのなら、私は進んで今の生活を放棄して、煙草をすうだろう。
つまり、「健康」だからと言って、その人の人生がより充実したものになるとは限らないのだ。
私個人で言えば、明らかになんで飲み食いしていた小中学生時代のほうが、
たのしい毎日を送っていたはずだ。