日本人はなぜユダヤ人のことを話したがるのか?

 内田先生の講演を早稲田まで。

 卒業してから(就職してから)4年振りの早稲田。
 36号館の3階の教室。(久しぶりに来たはずなのに、そういう気がしなかった・・・)
 教室は満員でした。(この教室が満員になったことなんて、学生時代はなかったなぁー)

 戦前の日ユ同租論を担ったスポークスマンがたどった道のりを、(1)アメリカ留学している、(2)キリスト者という2つの側面に注目。
アメリカの近代性に圧倒される
②日本は「遅れている」という危機意識
③なぜ日本は遅れているのか?
アメリカ留学時に迫害にあっていたユダヤ人に注目
ユダヤ人の高い知性、高い霊性に注目
⑥「神州日本」は、高い霊性・高い知性ゆえに、ユダヤ人と同じくアメリカから「迫害されている」という同胞意識を「勝手に」抱く(「親ユダヤ」的考え)

 内田樹先生も、同じような過程を戦後、日米安保から反米闘争の終焉を迎える1975年(当時24歳)の時にたどることになる。
①反米闘争に敗れ、「アメリカに敗れた」という敗北感に包まれる。
アメリカを睥睨するような圧倒的な高みに到達したいという、抑圧された無意識を形成する
③そこで向かった先が、「ユダヤ人(ブランショレヴィナス)」と「武道」であった。

 戦前の日ユ同祖論者と、内田先生がたどった道のりがここで重なる。
 アメリカに敗北した戦前の留学生=内田青年は、「知的に」アメリカを乗り越えるためには、「圧倒的に頭の良い」ユダヤ人に自らを重ねようとすることで、敗北を乗り越えようとした・・・。

 内田樹先生らしい、まことにアクロバティックな立論でした!