日本語が亡びるときに関するメモ

仲俣さんのブログより引用。


 <皮肉なことに、そのような「自己申告」の作業をつうじて、本書に対して批判的な立場をとろうとする読者の側こそが、「みずからの想像力によって汚染される」ことになる(村上春樹までは認めるが、ケータイ小説はさすがに認められない、等々)。そのような(無意識の場合をふくむ)自問自答によって、水村の論は、『ユリイカ』の寄稿者の多くが感じたように、「大筋において正しい」ように思われてくるのだ。池田が「詐術」と呼んでいるのは、このことである。>


 池田雄一先生には、早稲田大学在学時にお世話になりました。

 各自が好きな作品を取り上げ、それについて発表し、ディスカッションする形式の「授業」でした。

 先生からは、とても不思議な魅力を感じ、早稲田大学の授業の中で、密かに気に入っていた授業の一つでした。

 池田先生、がんばってください。

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 『カントの哲学』読みましたが、難しかったです。
 
ただ、「こういう書き方をできる文芸評論家というのは、池田先生と、石川忠司さんぐらいだよな」という、妙な納得をしてしまいました。