生活実感

1.ウェイ・オブ・ライフ

日本語の外へ (角川文庫)

日本語の外へ (角川文庫)

 片岡義男は『日本語の外へ』で、アメリカ人が考えるウェイ・オブ・ライフを、以下のように説明している。

 ≪これ以外の生活のしかたを、ごく短い期間ならともかく、長期にわたって、あるいは無期限にいつまでも、失ったり放棄したりすることが、自分にとっては体のそこから、心の底から、とうてい耐えることの不可能な、日々すでにもっとも慣れ親しみ、それはもう自分自身であると言っていいほどに自分のものとなっている、毎日の生活のしかた≫

 このウェイ・オブ・ライフを失うかもしれないという恐怖が、アメリカを戦争に駆り立てる。それぐらい、ウェイ・オブ・ライフという言葉は、アメリカ人にとって重要な意味を持つ。

2.日本人のウェイ・オブ・ライフ
 これはしかし、どの国に住む人にとっても同じだろう。雨宮処凜の『生きさせろ!』は、日本人にとってのウェイ・オブ・ライフが失われつつあることの危機感に貫かれている。ただ、雨宮の「全国の労働者よ団結せよ!」といわんばかりの悲痛な叫びは、ウェイ・オブ・ライフを失うことが、政治的な動員の言説へと容易に転化してしまうことを、教えてくれる。
 自信も右翼運動に参加したことを告白している雨宮は、ウェイ・オブ・ライフという、人間として生きていくうえで、これ以外は譲れないギリギリのものが、大企業によって根こそぎにされつつあることを告発し、「それを死守することは、私たちの当然の権利である」と述べることで、「フリーター」や「ニート」の団結を促している。こうした動員の方法が、右翼的なナショナリスティックな方向へと向かはない保障はない。

生きさせろ! 難民化する若者たち

生きさせろ! 難民化する若者たち


3.戦争が脅かす日常
 雨宮処凜の『生きさせろ!』が明らかにしたのは、ウェイ・オブ・ライフが急激に失われている日本の姿である。空気のように、当たり前のように過ごしていけると思っていた日常が、がらがらと音を立てて崩れている。そんな状態で、私たちは冷静でいられるだろうか?ウェイ・オブ・ライフを失うかもしれないという不安から、自殺したくなるような気にさせられるのは、健常な人間として当然ではないか?
 この不安感の正体を抜きにして、ウェイ・オブ・ライフを基盤にする漫画家に、戦争への抵抗を見いだす小田切博の『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』は、日本の現状に対して少し無自覚である気がする。

戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌

戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌

 日本に住んでいる人間の多くは気づいているはずだ。日常生活が、「日常」として機能しなくなる日が、もう目の前にきている、と。そんなとき、「日常」という幻想に、それでもしがみつけるのか?
 日本の自殺率が高いことはよく知られている。これは、宗教や地域共同体などの、「どうしようもなくなったときに自分をうけいれてくるもの」が無い、もしくは根こそぎにされてしまったことに原因があると言われている。つまり、ウェイ・オブ・ライフを失うかもしれないという恐怖は、他の先進国より日本は相対的に高いことが分かる。それゆえ、アメリカの状況と日本の状況をパラレルに見て、戦争への暴走を危惧する小田切の理論は、おおざっぱに過ぎるのではないか?

4.日常の陥没
 日本の状況は、アメリカ以上に困難をはらんでいる。このことを、今一度確認しておこう。未来を見通せない不安感、ウェイ・オブ・ライフを維持できないかもしれないという不安感が、容易に自殺へと人々を導いてしまうような社会。
 この日本で、生活実感に基づいて冷静に物語を語ることは可能だろうか? 



補.日常という幻想
 小田切は同じ書物の中でこう書いている。

 ≪クーンツはまたこの本の中で、現在一般にアメリカ社会の中で幸福な家族像の典型のように語られている「アメリカンファミリー」のイメージが、実際にはこうした極度に抑圧的な環境の中でその抑圧を通して作成されたテレビドラマや映画、小説、マンガ、雑誌によってつくられた仮想的なものであったことを検証している≫

 東浩紀北田暁大は『東京から考える』で、異質な者同士の共存を可能にするはずのセキュリティーが、逆に排除のために機能していることを明らかにしている。その排除の先には、まさに「理想」の家族によってつくられる、「理想」のコミュニティーが待っているはずだが、「理想」というのは、達成されないところにこそ本質がある。「理想」は絶えず先送りされることによって、「外部」をつくり出す。
 「理想」はなぜつくり出されるか?抑圧的な環境では、抑圧「する」側と「される」側に人々は分断される。その上で、「する」側が至上の価値として持ち出すのが、「理想」である。「これこそ『正しい』あり方だ!」と主張することで、「される」側を集団から排除する。だから、「理想」は必要とされる。
 

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

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