『こころ』は本当に名作か

小谷野敦(こやの とん)…いつから、「とん」と称するようになったのだろう?『里見恕伝』を書いた頃からだろうか?

柄谷行人の実家が、株式会社柄谷工務店を経営しているという事実など、一見どうでもいいような細部にまで言及してくれるところが、小谷野敦著の魅力です。『こころ』は本当に名作か、というタイトルに魅かれて購入した読者にとっては、およそどうでもいいネタとしか思えない小ネタをガンガン出してきます。
 
 私は今まで、小谷野敦さんが出した本はほとんど購入しています。思い出せるだけ列挙してみると、『江戸幻想批判』『生母がいない国』『もてない男』『帰ってきたもてない男『〈バカ〉のための読書術』『リチャード三世は悪人か』『童貞放浪記』『夏目漱石を江戸から読む』などなど。最近の著書になればなるほど思い出せないのは、ゆっくり時間をとって読めないせいでしょうか・・・。

 『〈バカ〉のための読書術』という題名の本を出しているだけあって、馬鹿にも読みやすいのかというとそうではなく、一貫して、馬鹿には読みにくい。たとえば、柄谷行人の件にしても、「売れる」本や、「感動できる」本を求めている人にとっては、およそどうでもいい話題であり、全く興味のないことのはずです。

 そして、小谷野さんの本には、こうした「バカ」には理解できない、というか全然興味のないネタがちりばめられているので、「なんでこんなことが書いてあるのだろうか?」と読みながら思ってしまう。それが、読解のスピードを減少させるのです。

 どうして、一見して意味のないことを書くのでしょうか?想像ですが、それは、著者本人にとっては、それこそが大切だからでしょう。とても勉強家で、色々と調べているからこそのネタを、惜しげもなく披露することこそ、他の著者との差別化を計る大切なことですから。

 今回の本も、タイトルから想像もできないぐらい「カタイ」書物です。「こころ」というより、ドストエフスキーに対する分量の方が多かったようです。邪心ですが、正面切ってドストエフスキーを批判するのは、著者にもためらわれたのではないでしょうか。例えば、『カラマーゾフの兄弟』は名作か、というタイトルでは、インパクトはあるかもしれませんが、時世に乗っている『カラマーゾフの兄弟』を批判をするのは、出版社もためらわれたのでしょうね。それじゃあ、みすみす読者を逃すようなものだよ、と。

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